アルバム『AMOROSO』のポートレート撮影は順調に終わり、土井さんは持参した全てのフィルムを使い切った。音楽プロデューサーのヘレンからブラックコーヒーをご馳走になり、ジョアン・ジルベルトと一緒に外に出た。夕暮れがせまっていた。
ジョアンと一緒の帰途についたこの時、土井さんは写真家として忘れがたい残念な思いをしている。
土井弘介:
夢中になって、持っているフィルムをすべて使ちゃったんですね。撮影が終わって、「よかったよ、ありがとう」と言われて、じゃ失礼しますって、ジョアンと二人で一緒に外に出たんですね。そしたら雪が降ってました。彼は背中にギターをかかえていて、彼が「五番街からタクシーに乗りたいから」って言うから、じゃ一緒に行こうって歩き出した。ちょうどパークアベニューを通りすぎた辺りからすごい降ってきて、僕が被り物をしてちょっと下がったんですね。前を歩いているジョアンがギターを抱えていて、雪がバーっと積もってきているわけです。これを見て撮りたかった。どれだけ撮りたかったか。でもフィルムがなかった。デジタルだったらね、消して取り直しできますけどね、フィルムだからできない。それをいまだに覚えています。あの時にあの写真を撮れていたら、他のアルバムで使ってくれただろうなっと、面白い写真になっただろうなっと思いますけれどもね。まあ撮れなかったのでしかたがない。僕の脳裏にはそれが残っていますから。ほんとに惜しかったなと思います。
(2014年10月10日飯田市川本喜八郎人形美術館トークショーより)
アルバム『AMOROSO』のレコーディングは1976年11月にニューヨークのローズバドスタジオ、1977年1月にハリウッドのキャピトルスタジオで行われ、1977年にリリースされた(邦題『イマージュの部屋』)。
このアルバムはジョアン・ジルベルトのベストセラーとなった。土井さんがこのとき撮影したポートレートの1枚が採用されている(アルバム ジャケット裏面)。
(MJ)