アルバム『AMOROSO』(邦題『イマージュの部屋』)に掲載するジョアン・ジルベルトのポートレート撮影は1977年1月24日ニューヨークEast96stにある音楽プロデューサー ヘレン・キーンのアパートで行われた。
アパートのインテリアが土井さんのイメージとは異なり、取り澄ました雰囲気だったため、戸惑いながら家具などを動かしていると、ラフなジャンパーでギターケースを持ったジョアンが入って来た。土井さんは、「目と目が合い握手をした途端、気持ちがつながった」という。
土井弘介:
ジョアンに会ったとたんに僕は握手して、「ねぇ、ブラジルと日本は昔から友達(アミーゴ)だよね。いっぱい日本人はブラジルに行っているじゃない」と言ったとたんに、彼の方は急にほわんと表情が崩れた。もうこれで楽でした。
(2014年10月10日飯田市川本喜八郎人形美術館トークショーより)
“無愛想なのは照れの裏返し”と、自分も少なからずそういう傾向がある土井さんはジョアンの性格をつかんだものの、お互い英語が片言で会話が難しい。すぐに間が持たないことに気づく。そこで土井さんはジョアンに唐突に「ギターを持っているのなら何か聞かせて欲しい」と頼んだのでした。ジョアンは一瞬「えっ」って顔になったものの、演奏を始めてくれ、土井さんはジョアンが歌っているようすをどんどん撮りすすめていった。
土井弘介:
でもですね、こんなに近くに座って写真を撮り始められないじゃないですか。気難しいですからねぇ。で、「悪いけれども、ギターを持ってきているのなら僕のために歌を歌ってくれないか」と言った、そしたら「いいよ」といって、「デサフィナード」を歌い始めてくれた。その弾いているところをどんどん写真を撮っていった。だからすごく楽でした。そういうアプローチができたということは成功でしたね。「歌ってくれ」という。彼にですよ。面と向かっているときに「歌ってくれ」っていう奴はいないと思います。それを彼は歌ってくれたんですからね。タイミング的にすごくよかったと思います。
(2014年10月10日飯田市川本喜八郎人形美術館トークショーより)
ジョアンは『デサフィナード』のあと、『ス・ワンダフル』など計3曲を歌ってくれ、その間、土井さんはニコンのシャッターを押し続け—しかし、これほど一眼レフのシャッター音が邪魔だったことはなかったという—すごく贅沢なライブをわくわくしながら堪能したのでした。
ジョアンの歌声は猫にも心地よかったようで、撮影していると誰にもなつかないというヘレンの飼い猫がふっとジョアンの膝に乗ってきたりと、そんな写真も土井さんは撮らえることができた、まさに“宝物”の経験をしたのでした。(MJ)